こだわりの商品づくり


フリーデン・ストーリー vol.2 ~加工部門創設時のエピソード~

手探りでのスタート、試行錯誤の繰り返し……。
失敗や成功を積み重ねた先に、現在の加工部門がある。

フリーデンにハム・ソーセージなど加工品の部門が誕生してからおよそ40年。Vol.1では、加工部門創設からの歴史を紹介しましたが、今回は当時の失敗談や苦労話などのエピソードを3回シリーズでご紹介します。 話を聞いたのは、vol.1に続き藤原正史。1976年に入社後一貫して加工部門に従事し、伊勢原工場2代目工場長を務めた生粋のフリーデンマンです。

藤原正史
伊勢原工場2代目工場長

フリーデンが加工品の取り組みを始めた直後、 1976年4月に入社。 会社の寮の1階にあったハム製造プラントで、加工品製造に携わるようになる。その後一貫して、フリーデンの加工部門に従事し、1987年には伊勢原工場の2代目工場長に就任。歴史を学び、本物のハム・ソーセージを追求し続けた。現在、商品部商品開発課技術指導員。 大切にしていることは「お袋の味」。子供の頃の味の刷り込みと料理のつくり方が商品づくりに生かされている。

エピソード1
本場のソーセージをつくるためドイツから機械を導入。
しかし、使いこなせずお蔵入り。

藤原:

加工部門が始まった当初は、何もかも初めてですから失敗することもありました。私が入社した翌年の1977年に、初代工場長が加工技術を学ぶためにドイツへ渡りました。現地で加工用の機械をいくつか購入し、その中にミクロカッターという、肉を細かくペースト状にする機械がありました。

当時、巷ではソーセージを大量生産するためにデンプンが使われていたとお話ししましたが、もちろんドイツ仕込みのソーセージをつくるのにデンプンなんて御法度です。社内で「代替品として豚皮を使えないか?そうすればさらにおいしくなるのではないか?」というアイデアが出たので、ミクロカッターを使って試作をすることになりました。

しかし、熱でゼラチンが溶けてしまってタネがまとまらないんですよ。そこで加熱温度を下げたのですが、76度から73度と下げ、70度にしたところで大腸菌が発生してしまったのです!本来、大腸菌は63度で死滅するはず……。ですが、発生しました。「大腸菌はすべて死ぬわけではない」「高温でないと死なない」という教訓を得ました。品質管理のやり方もひとつひとつ学習していくという状況だったのです。

実は、ミクロカッターは元々、血液を使ったソーセージの製造用に使用されるものなんです。血液ソーセージは、ドイツではブルートヴルスト、フランスではブーダン・ノワールと呼ばれ、ヨーロッパでは冷製のオードブルとしてよく食べられるソーセージです。それを違う使い方をしたわけですから、試作は失敗に終わりました。以後ミクロカッターを使うことはありませんでしたね。

直接購入した工場長が、帰国後すぐにまたドイツに行ってしまったため、使い方がよくわからず手探りだったのです。また今ほど品質管理がしっかりしておらず、甘いところがありました。新技術を導入したからといって、うまくいくとは限らないことを学びました。

曽我の屋ハム


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